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プロフィール
渡辺学
1986年入社。ゴルフ担当を経て89年からテニス、ラグビー、アメリカンフットボール、アマチュアレスリング、陸上、水泳、サッカーなどの取材に携わった。五輪は夏季2回、冬季3回を現地取材。2001年に運動部デスク、06年から文化部で社会面デスクを担当後、専門委員などを経て現在法務広報室長。早大卒。
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964勝大潮不屈の“エレベーター”人生
2017年07月26日

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 史上最多の通算1050勝に39回目優勝と記録ラッシュで横綱白鵬(32)が偉大さを改めて示した大相撲名古屋場所で、34歳の元関脇・豊ノ島が東幕下28枚目で5勝2敗と勝ち越し、十両以上への復帰ロードを歩んでいる。けがにより昨年九州場所から幕下が続く豊ノ島だが、所属する時津風にはかつて39歳にして幕下から十両にカムバックを果たした力士がいた。白鵬の記録にちなんで再三名前が出てきた元小結大潮(69)だ。

 

 通算勝利の歴代2位が1047勝の元大関魁皇(45=現浅香山親方)、1045勝で3位が元横綱千代の富士(故人)、951勝で5位が元横綱北の湖(故人)というオールスターメンバーの上位力士にあって、異彩を放つのが964勝を挙げて4位に踏ん張る大潮。30歳で務めた小結が最高位で、在位はわずか1場所。引退後は茨城県に式秀部屋を構え、定年前年の2012年春場所にモンゴル出身の千昇が部屋悲願の初関取に。大潮は初土俵から新入幕まで約9年半、新三役まで約16年とスロー出世の土俵人生だったが、師匠としても約20年で新十両を輩出し、おまけに千昇も10年かけて関取に昇進という、ゆったりしたペースで部屋の歴史を刻んでいた。

 

 大潮が964個目の白星を挙げたのは40歳で臨んだ88年初場所。前場所の十両から西幕下筆頭に陥落して2勝5敗と負け越し、同場所を最後に引退した。その時点で白鵬と魁皇は幼児もしくは角界入門前の少年で、千代の富士は現役で白星を重ねていた途中。大潮はさん然と輝く歴代最多勝の達成者だったわけだが、その後も名だたる力士たちにまじって通算勝利のトップ5に残っているのは現役25年を超える息の長さが第一だが、それをなし得たのは入幕13回という“七転び八起き”の土俵人生に象徴される不屈の精神か。

 

 幕内と十両を往復する関取は「エレベーター力士」などと呼ばれ、現役では貴ノ岩(27=貴乃花)が入幕4回を数え、このところは幕内に定着している。大潮は実に13回で史上最多とみられる。23歳だった71年の新入幕から36歳の84年まで13年間にわたってエレベーターのごとく昇降を繰り返した。特筆すべきは幕下に2回も陥落し、それぞれ幕内、十両に返り咲いたこと。最初の陥落は31歳で、復帰後に北の湖から2個の金星を挙げている。2度目は39歳で、この時は十両復帰後に再び幕下に降下し、引退となった。

 

 幕下まで陥落からの復活といえば、元大関琴風(60=現尾車親方)が関脇まで昇進後にけがで幕下中位まで落ちてから大関となっているが、陥落時は22歳と若かった。高齢では小結を務めた龍虎(元タレント、故人)が31歳で幕下に番付を落とし、34歳にして小結に再昇進したことがグレート・カムバックとして語られてきた。こうした力士たちの例にあっても大潮の不屈ぶりは際立つ。

 

 おおよそ185センチで125キロ程度。出足鋭い一直線の寄り相撲と長いもみあげは1歳下でタレントになった元関脇荒勢(故人)と共通していた。雑誌「大相撲」76年3月号の誌上論評では「大潮が幕内返り咲き10回の新記録」として、「優勝回数はいくら多くてもいいが、エレベーターの記録更新はこの辺でストップといかないものか」と苦言を呈されている。「馬力が薄らいだ感じだ」とも評されたが、それから12年近くも第一線で奮闘したのだから、やはり歴史に残る力士の1人に違いない。

 

 

 

 



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